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天国へ 車いすランナー 小島将平さん 

小島将平さん。

車いすランナーです。

昨年7月31歳でお亡くなりになりました。

小島将平

25歳で骨肉腫になり左足を切断。

29歳で再発、治療を受けながら国内の大会にも

精力的に参加されていました。

2020年のパラリンピックを目指していた方です。

 

かつては箱根駅伝にも出場されました。

小島将平

 

テレビの取材も何度も受けられていましたので

ご存じの方もいらっしゃると思います。

 

このマグネットはパラリンピックの選手として

認定を受ける為にスイスに行かれた際に奥様が

お土産に買って来てくださいました。

スイス

 

奥様から言葉少なめですが、障害者の側からみた

私の知らない世界を沢山教えて頂きました。

 

最近、ご主人のブログに

奥様が代わりに書かれた文章が載っておりました。

 

是非、皆様にも知って頂きたいと思い、載せさせて

頂きました。

 

↓↓

アメブロ『闘う小オッサン劇場第2弾』

 

夫の代わりに投稿させていただきます。
妻の美幸と申します。



ブログというものを書いたことがないので、

読みにくいところも多いと思いますが、

お許しいただければと思います。



最後の投稿からかなり間隔も開いてしまいま

したし、既にご存知の方もおられるかも知れませんが、

ご報告があります。



夫は昨年の7月15日 午前7時29分に永眠いたしました。

 


彼が大好きだった自宅のベッドで家族で抱きしめて

看取ることができました。

小島将平

FBではご報告させていただいておりましたが、ブログは

私自身が読む勇気が持てずにそのままにしてしまいました。

申し訳ありません。



余命の宣告を受けたのは5月末のことでした。


そこからは、少しでも彼が幸せを感じて過ごすことが

できるよう、たくさんの方々のお力をお借りし、つらく

苦しいこともありましたが笑顔いっぱいで毎日を過ごす

ことができました。



亡くなる2日前、ずっと弱音を吐かなかった彼が、

あまりの呼吸苦から

 

「何でこんなに苦しいの?僕は何のために生きてるの?」

 

と言ったときに、彼の頑張りの限界を感じました。


本人と相談し、苦しみを感じずに済むよう眠るための

薬を使うことを決めました。

それは、もう誰とも話ができなくなることを意味します。



亡くなる前日の夜、薬で深く眠っていたはずなのに息苦

しさで目を覚まし、様々な薬も効かず一時間ほど苦しみ

ました。


家族で手を握り声をかけ続け、ようやく落ち着いて意識

が遠退くなかで彼は

 

「ありがとう。ありがとうございました!」

 

とはっきりと大きな声で言いました。


それが最期の言葉となり、眠るように息を引き取りました。

まるで笑っているような穏やかな表情でした。

小島将平


彼のお母さんは、彼は「ありがとう」を言いたくて目を覚ま

したんじゃないかと言っていて、私も今はそう思うように

なりました。



自分の人生をありがとうで終える。

彼が支えてくださった皆さんに心から感謝していた証

だと思います。

本当にありがとうございました。



彼と関わってくださった方々のそれぞれの中に彼との

思い出があると思います。

その全てを覚えていることは難しいと思うのですが、

何かひとつでも忘れずに覚えていていただけたら幸いです。



彼のことをたくさんの方が新聞やテレビ、FB等で取り上げ

て下さいましたが、そのイメージは

 

「前向きで強い人」

というものだと思います。

小島将平


私が彼を思うとき、一番に思うのは

「心の温かな優しい人」

ということです。

 


眠る薬を使うことを決めたとき、既に起き上がることも

話すことも困難な状況でしたが、彼は私を抱きしめて

精一杯の笑顔で、


「(パラリンピック出場という)大きな目標は果たせな

かったけど、テレと出会って自分の人生を誇りに思うよ。」

と言ってくれました。


テレとは私のことで、照れ屋で名前で呼べないような

人でした。


私は、感情を抑えられなくなり泣きながら自分も一緒

に連れて行って欲しいと言ってしまったのですが、

 

「それが心残りなんだよな。でも、ぼくの携帯には

テレが笑ってる写真がたくさんあるから、それを見て

楽しかったことを思い出して笑っててよ。」

 

と言ってくれました。


彼のこれらの言葉があるからこそ、私は前を向き笑顔で

過ごすことができます。


彼の状況から考えて、私が彼を支えてきたように思う方

も多いかもしれません。

 


実際は、支えられてきたのは私の方で、彼との出会いで

私の人生は大きく変わり、色鮮やかなものになりました。


彼には感謝の想いしかありません。
私の方こそ彼との出会いを心から誇りに思います。



今回、こうして投稿させていただいたのは、彼のブログを

残すか閉鎖するかを迷ったことがきっかけでした。

 


私はまだ、彼のブログを読むことができていません。

 


本人が亡くなった今、閉鎖することも考えましたが、

彼が綴ってきた内容はきっと誰かの励みになるのではないか

と思い、残すことに決めました。



彼は、テレビで取材を受けるにあたり

「全力で生きることを伝えたい。」と言っていました。



そして、二人で色々な話をしてきましたが、

 

「生きてさえいれば自分しだいでなんだってできる。」

「僕に比べたらテレは可能性に溢れてるんだから、

その事を忘れないで。」


と言ってたことを強く覚えています。



彼が残してくれた言葉の数々は、私に対してだけではなく、

たくさんの方々に向けられたものではないかと思います。


彼が精一杯に全力で生きた姿が少しでも多くの方の心に

残り、役立つことができたらと願っています。



長くまとまりのない拙い文章を読んでくださって

ありがとうございました。



そして、長い間ブログを読み応援してくださって、

どうもありがとうございました。

 

↓↓↓

以上です。

 

最後に奥様から見せて頂いた写真は

お二人並んで肩を寄せ合っている後姿の写真

でした。

 

『生きてさえいれば、自分次第で何だってできる』。

シンプルで力強い言葉です。

 

このマグネットを見るたびにひたむきに生きた方が

いる事を思い出します。

 

『生きてさえいれば、自分次第で何だってできる』。

この言葉を大切に、そして実行したいと思います。

 

 

 

 

 

 

2017/10/09

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